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千葉県の小学四年生の子が父親から暴力を受け続け、亡くなった。ニュースを見て連日とても悲しくて悔しい。

「しつけ」という名目でふるわれる暴力に、愛はない。

そもそも、「しつけ」という言葉が持つ上からな感じが自分は苦手です。

暴力をふるう父親。母親は夫の暴力に支配されて被害者でもありそして加害者になってしまったのだろうか。

母親は子供たちを連れて逃げられなかったのだろうか。

暴力をふるう人から逃げるための場所に逃げてもどこまでも追われてしまうのだろうか。

必死の思いでSOSを出した10歳の子を、まわりの大人たちがどうにか守ってやれなかったのだろうか。

 

暴力を振るわれ続けても、実の親元で暮らすのが幸せだろうか。

わたしはそうは思わない。そんなところからはすぐに逃げなきゃいけない。まわりが気づいたなら、みんなで助けてあげなきゃいけないんじゃないのかな。

虐待があったとわかった時点で保護してあげて、一時的な措置じゃなくて、子供は安全な場所で大人になるまで生活できる場所を用意することが必要なんじゃないのでしょうか。足りないならその場所をたくさん作れるだけの土壌を早急に。虐待した親にもカウンセリングを長期に渡って受けてもらうなり、しなければならないのではないか。虐待を受けた子供自身がSOSを出しやすくする社会の仕組みがもっと必要なんじゃないだろうか。

人員が足りないから手が回らないというなら、こういうところに予算を当ててください、国会議員の皆さん。どうかお願いします。

 

家庭の中で起きる虐待は見つかりにくいという。

自分で声を上げることが出来ない、小さな子供達のために、早く、早く。

子供は親を選んで生まれてくることは出来ない。

小さな声なき声にもっともっと耳を傾ける社会にしていかなきゃかなしい。

 

自分にできることは何か、自問する毎日だ。

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| - | 2019/02/18 3:59 PM |
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